NECの研究開発職から起業家へ。矢内綾乃のキャリアの軌跡

矢内綾乃です。

現在、わたしは2社の法人を経営しながら、オーガニック・エシカルショップの運営、宇宙サービス事業、キャリア支援事業、SES/フリーランス支援事業など、多角的に事業を展開しながら挑戦を続けています。

今回は、わたしのNEC時代から現在に至るまでのキャリアについてお話ししてみようと思います。


就活当時の意思決定

今振り返ると、当時の私は「将来どういう働き方をしたいか」から逆算するという発想を、ほとんど持っていませんでした。

周囲が就職活動を始めたことに焦り、流れに乗るように動き出しました。

そして、大学の就職コーナーにあった「大学推薦」(学内で通るとほとんど内定が取れる制度)を活用し、結果として日本電気株式会社(NEC)に入社することになりました。

配属の進路を選ぶ際も、「研究開発」という言葉がかっこいいという理由だけで、当時の私は深く考えることなく、その時点で興味のある道を選びました。


NECに入ってみて感じたこと

実際に働いてみると、その環境は想像以上にレベルの高いものでした。

わたしの仕事は、半導体エンジニアです。

半導体エンジニアの仕事は、物理法則を数式に落とし込み、それをプログラミング言語に変換していくという非常に専門性の高いものです。

量子工学、電気工学、物性物理、光学など、幅広い知識が求められ、さらに特許を取得するためには過去の文献を徹底的に調べ尽くす必要もあります。

論理的に考える力や、構造的に物事を捉える視点は、この環境の中で鍛えられたと感じています。本当に恵まれた環境でした。

一方で、働くなかで少しずつ違和感も生まれていきました。

寮で出会った、MIT(マサチューセッツ工科大学)や北京大学から来ているインターンの方々。

彼らは数週間で日本語を覚え、朝から晩まで圧倒的な集中力で研究に没頭していました。

その姿を見たときに、ふと頭に浮かんだんです。

「この仕事は、こういう人たちに任せた方がいいんじゃないか」

「わたしは、電気電子のことだけを考えて一生涯を遂げることができるだろうか」

わたしは決して天才ではありません。

友人と遊ぶ時間も、家族と過ごす時間も大切にしたい。

自分は“凡人であり、俗世間的な生き方を望んでいる”ということを、少しずつ自覚していきました。


転機。寮での後輩との会話

そんななかで、今でも忘れられない出来事があります。

ある日、深夜0時を過ぎた頃。

寮の1階にある談話室で、ひとつ後輩から唐突にこう言われました。

「あやのさんは、本当にこのままでいいんですか?」

その一言に、私は何も答えられませんでした。

その後輩は、会社の仕事をしっかりこなしながら、土日や祝日を使って、起業や資産形成の勉強をしているような人でした。

一方のわたしは、寮の仲間と飲み会をしたり、スポーツ大会を企画したりと、エネルギーはあるものの、どこに向かっているのかは曖昧な状態でした。

きっと彼は、そんな私を見て問いかけてくれたのだと思います。

その言葉は、その場では答えられなかったにもかかわらず、ずっと自分の中に残り続けました。


今につながる選択

その後、「このままでいいのか?」という問いに向き合い続けた結果、わたしは少しずつ行動を始め、やがて起業という道を選びました。

現在は、エンジニア支援事業や事業インキュベーションなどを行っていますが、NEC時代の経験は確実に活きています。

例えば、エンジニアの方々が「自分の市場価値に気づいていない」「キャリアの描き方に悩んでいる」といった課題も、現場を知っているからこそ深く理解できます。

また、事業インキュベーションにおいては、技術者出身の経営者として、企業側と個人の双方の視点を踏まえながら、本質的な支援ができていると感じています。


最後に

大手企業に就職することも、会社員として働くことも、素晴らしい選択だと思います。

ただ、その道が「自分にとって本当に望んでいる生き方なのか」を、一度立ち止まって考えてみることも大切かもしれません。

わたし自身は、NECでの経験があったからこそ、今の選択があります。

大切なのは、「どちらが正しいか」ではなく、

「自分がどう生きたいか」。

もし少しでも違和感を感じているなら、その感覚を大切にしてみてください。

そこから、新しい選択が始まることもあると思います。

女性経営者 矢内綾乃〜経歴と多角経営への道〜

矢内綾乃(やない あやの) 猫と自然とのびのび育った幼少期。 勉強はできる方で宇宙に興味があったこともあり、北海道大学院で量子物理学を専攻することに。 その甲斐あってNECでエンジニアとして働くも、人との出会いをきっかけに より自由で豊かな人生を送るため、経営者の道を志しました。 2児のママ業と多角化経営の両立をやり遂げるため、子どもたちからママみたいになりたい!と言われるように日々挑戦中です!